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東京高等裁判所 昭和44年(く)54号 決定 1969年4月22日

主文

原裁判所が為した本件保釈許可の決定はいずれもこれを取消す。

本件各被告事件に付て、昭和四十四年三月二十七日弁護人三上宏明から為された保釈の請求はいずれもこれを却下する。

理由

本件抗告の理由は、東京地方検察庁検察官検事畠山惇作成の抗告申立書(裁判の執行停止の申立を含む)と題する書面に記載されたとおりである。

按ずるに、被告人村山公夫、同田上一重、同春田重則に対する本件公訴事実は、いずれも刑法第二百八条ノ二第一項罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項に該当する兇器準備集合及び刑法第九十五条第一項に該当する公務執行妨害の事実であり、被告人尾中宜雄に対する公訴事実は、前記関係法条に該当する兇器準備集合の事実であって、同法第二百八条ノ二第一項の兇器準備集合罪の法定刑は二年以下の懲役又は二万五千円以下の罰金で、同法第九十五条第一項の公務執行妨害罪の法定刑は三年以下の懲役であるから、刑事訴訟法第八十九条によれば、被告人らに同条第二号又は第四号乃至第六号の事由のない限り保釈の請求があったときはこれを許さなければならない事案である。

しかして、被告人村山公夫の本件公訴事実は、

同被告人は、多数の学生らと共に、警察官らに投石殴打などの暴行を加え、その制止を排除して内閣総理大臣官邸に侵入しようと企て、

第一、学生ら約六百名が昭和四十三年十一月七日午後四時四十五分頃から同日午後七時四十分頃までの間に亘り、東京都千代田区神田駿河台三丁目九番地中央大学中庭に、それぞれ角材を携えて集り「決起集会」を開いて右企図を実現するために所携の角材を使用する決意を固めた後、更に多数の石、コンクリート塊などをも所持し、その集合状態を継続しつつ同所付近道路上を行進してお茶の水駅から地下鉄を利用し銀座駅に出て、晴海通り外堀通りを行進し、同区永田町二丁目総理官邸下交差点付近に至った際、角材を所持して右集団に加わり、もって他人の身体財産に対し共同して害を加える目的をもって兇器を準備して集合し、

第二、同日午後八時四十分過頃から同日午後九時二十九分頃までの間に亘り、学生ら約百名が前記企図を実現するため、それぞれ角材を携えて同区霞ヶ関所在日比谷公園西幸門付近に集まり、更にコンクリート塊をも所持して同区霞ヶ関三丁目一番一号大蔵省裏交差点に至った際角材及びコンクリート塊を所持して右集団に加わりもって他人の身体財産に対し共同して害を加える目的をもって兇器を準備して集合し、

第三、多数の学生らと共謀の上、同日午後七時四十五分頃前記総理官邸下交差点付近において前記学生らの同官邸侵入を阻止するため警備中の警視庁第一方面本部警視正金原忍指揮下の警察官の前面に配置された警備車を角材で突くなどの暴行を加えもって右警察官の前記職務の執行を妨害し、

第四、多数の学生らと共謀の上、同日午後九時三十分過頃前記大蔵省裏交差点付近に於て前記学生らが違法行動に出た場合に、これを規制検挙するため前面に警備車を配置して警備中の警視庁第一方面本部長警視正金原忍指揮下の警察官に対し、コンクリート塊を投げつけて暴行を加え、もって右警察官の前記職務の執行を妨害し、たものである、というにあり、

被告人田上一重、同春田重則の本件公訴事実は、いずれも前記被告人村山公夫の本件公訴事実第二及び第四と同一であり、

被告人尾中宜雄の本件公訴事実は、前記被告人村山公夫の本件公訴事実第一と同一である、

ところ、

(1)  本件事案は、公訴事実に指摘されている如く多数の学生による事前の謀議に基づく集団的犯行であって共犯者及び関係人が極めて多く今後審理の経過如何によっては、共犯者を含む相当多数の証人の取調が必要となると思料されること、

(2)  しかして、本件の本案記録によれば、昭和四十四年三月二十七日の第一回公判期日に於て、被告人らは各被告事件に対する陳述として公訴事実そのものに対する認否を為さず、単に自己らの行動が違法性を欠く正当な行動である旨を主張するに止まり、弁護人は、右第一回公判期日及び同年同月二十九日の第二回公判期日に於て、検察官が取調請求をした証拠書類の内、警視庁警備部警備第一課警備連絡係長作成の報告書謄本一通、同庁公安部公安第一課司法警察員作成の捜査報告書謄本二通、同庁公安部公安第一課司法警察員作成の写真撮影報告書二通、捜索差押調書八通、司法警察員作成の実況見分調書一通、本件と関連する他の被告事件に於ける証人田村義雄(警視庁公安部公安第一課警察員)の公判廷に於ける供述の速記調書謄本一通のみを証拠とすることに同意し、その余の供述調書等に付き不同意の意見を述べ又は意見陳述留保中であること、そこで検察官から小黒峰嗣外六名が証人として申請され(立証趣旨はいずれも本件犯行現場に於ける被告人ら学生集団の状況、投石の状況、被害状況)、次回公判期日である昭和四十四年四月二十四日午前十時に右証人の内小黒峰嗣が尋問されることになっていること、

(3)  従って、本件被告事件は未だ実質的な事実審理に入っていないばかりか右証人等の他、被告人らの共犯者乃至目撃者ともいうべき相当多数の学生等を証人として更に喚問し、これらの者に付て共謀の事実及び角材、石等の配布状況、各被告人毎の言動、その他本件事案の核心となるべき諸事実の立証を必要とする段階であること、がそれぞれ認められる、斯る諸情況の下に於ては、仮令被告人らの身許が判明しているとは言え、若し現段階に於て被告人らが釈放された場合には、後日本件被告事件の証人として喚問されることのあるべき者らを含む事件関係者らと連絡するなどして組織的に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものと断ぜざるを得ず、本件については刑事訴訟法第八十九条第四号に掲げる事由が存し保釈を許さなければならないものではなく、一件記録を精査し、事案の内容、勾留による拘禁の期間、今後の審理の見込日数、被告人らの環境等を考慮するときは、現段階に於ては、被告人らの保釈を許可することを適当とする事情が存するものとも認められない。

されば原裁判所が、被告人らの保釈を許可する旨決定したことは失当であるというべく、その取消を求める本件抗告はいずれも理由があると認める。

よって同法第四百二十六条第二項により右保釈許可決定をいずれも取消し、同法第八十九条第四号に則り本件保釈の請求はいずれもこれを却下すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判長判事 栗田正 判事 中西孝 沼尻芳孝)

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